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    1957年、カリフォルニア、サンディエゴのダウンタウンにノースセールロフトは誕生しました。その当時のロフトの広さはわずか5m×13mとリビングルームにも満たないものでした。創始者のロウウェルノースは“ちょっとほこりっぽくて、汚い部屋ではあったが、スター級のメインセールを作るには十分な広さを持った部屋だった”とふりかえる。このバークレーでエンジニアとしての経験を積んだ若者が50年前に始めたノースセールは、いまや34のプロダクションロフトと70以上のサービスロフトを、25ヶ国以上に展開する、世界一のセールメーカーに発展しました。
    99年のアドミラルカズカップでは21艇中20艇が、98年のホイットブレッド世界一周レースでは9艇中8艇が、2000年のアメリカズカップでは出場 12艇中11艇が、ノースセールを使用しています。続く2003年のアメリカズカップでも全てのシンジケートがノースセールを採用しました。2005年 -2006年 Volvoオーシャンレースでも全チームがノースセールを採用しました。2007年のアメリカズカップでも出場12艇中11艇が、ノースセールを使用しています。その他にも世界中で行われる多くのグランプリレースでもノースセールが活躍しています。ノースセールはワンデザインクラスやオリンピッククラスなどのヨットでも、もちろん多くのクルージングボートから、メガヨットの間でも高い評価を得ており、No1セールメーカーの地位を築いています。

    ノースセールの企業理念は創始者ロウエル・ノースの性格に見出せる様に、お客様によリ良い製品をお届けし、最高のサービスを提供する事です。ロウエル・ノースはヨットレースで成功した人は良いセールメーカー、良いビジネスマンになれると信じていました。ノース自身、1968年のドラゴンクラスで銀、 1968年のスタークラスで金メダルの2つのオリンピックメダルを獲得し、スタークラス世界選手権でも5回優勝しています。ヨット界を代表するセーラーであるピーター・バレット、ジョン・マーシャル、トム・ブラカラー、ロビー・ヘインズ、バディー・メルジェス、トム・シュネケンバーグ、ケン・リード、トム・ウイデン等が素晴らしい成績をあげてノースセールの歴史を築いてきました。現在も世界中の多くのノースセールのセーラーがレースでタイトルを獲得しています。

    デニス・コナーの6度のアメリカズカップ・キャンペーンで戦術、戦略担当として活躍しているトム・ウイデンがCEOとして25カ国に渡る製造、販売、サービスを統括しています。

    Japan


    日本では1973年に、川島マリーンを主宰する川島正通がノースセールジャパン、湘南ロフトをオープン、日本のヨットセールメーカー界を引っ張ってきました。アメリカのノースセールから新しい技術情報を収集し、いち早く日本のセールメーキングに、プロッターを導入し、生産技術の向上に努め、クオリティーの高いセールを多くのセーラーに提供してきました。国内、国外のレースに参戦するボートをサポートし、日本のヨット界の発展に貢献してきました。ディンギーからグランプリボート、クルージングボートまで、あらゆるボートにノースセールのセールは高い評価を受けていきました。

    1987年に菊池誠を代表とするダイヤモンドセールメーカーズジャパンが設立され、そのデザインコンセプトとクオリティーは瞬く間にセーラーの間でも評判になり、ワンデザインクラスディンギーを始め、グランプリレースに至るまで多くのレガッタを制し、ノースセールの最大のライバルとなりました。また設立当初から92年、95年のアメリカズカップのニッポンチャレンジのセールデザインとセールメーキングを手掛け、セール開発を行ってきました。このチャレンジを通して、開発された独自の解析ソフト、デザインソフト、そしてセールクロス開発のノウハウはレースボートからクルージングボートまで余すことなくフィードバックされてきました。

    このころ、アメリカズカップのセールを長年に渡ってリードしているノースセールは、全く革新的なセールの製造法を確立し、縫い目のない一体成形の3DL セールをリリース。95年のアメリカズカップで、ニュージーランドが3DLセールのインベントリーで、カップを獲りました。その後2000、2003年のアメリカズカップでは100%のシェアで3DLの優位性を絶対的なものにしています。

    95年の夏、アメリカに本社をおくノースセール社と、デンマークに本社をおくダイヤモンドセールメーカーズ社が、合併することが決定しました。それぞれアメリカ大陸とヨーロッパ大陸で最大のシェアーを持つ2社の合併により、世界最大規模のセールメーカーが誕生しました。それにあわせて、翌96年4月より日本でも菊池誠を代表とする新たなノースセール・ジャパンがスタートしました。

    合併後のノースセール・ジャパンも、高度に完成された2社の独自の技術と一層充実したスタッフの能力を結集させ、セールの研究開発を常に続け、またセールメーキングにおいても新しいアイデアを模索し続け、国内外のメジャーなレガッタを制してゆきました。

    また、20世紀最高の戦いが繰り広げられた2000年アメリカズカップのニッポンチャレンジのセール開発、セールデザイン、セールメーキングを担当、世界のトップレベルで互角に戦えるセールを作り出すことができました。

    ワンデザインのセールでは1996年アトランタ五輪、2000年シドニー五輪、2004アテネ五輪、2008北京五輪、2012ロンドン五輪では日本でデザイン、製造された470級セールを使用したチームが金メダル8個を含む23個のメダルを獲得しています。このメダルの獲得総数はセールメーカーが指定されていないクラスでは断トツで世界NO.1になりました。数多くのワールドレガッタを舞台に進化したそのデザインコンセプト、品質の高さは世界中のセー ラーから注目を浴びています。

    レーシングセールからクルージングセール、そしてワンデザインセールに至るまで、これまでのプロセスで築き上げられたノウハウが余すところなくフィードバックされています。